スティーリー・ダンはいわゆる「未発表曲」というのがほとんど無い。過去に出たボックスセットでも”Everyones Gone To The Movies”のデモみたいのが1曲だけだったし、今まで出たベスト盤にも別テイクや未発表曲というのは入ったことがない。
だからといって未発表曲の類が無いわけではない。70年代の、アルバムで言うと”Pretzel Logic”のツアーではブートレグで確認できるだけでも “This All Mobile To Home”という曲があるし、他にも音源は未だ(多分)発掘されていないけど、ライヴでは”Megashine City”とか、”Take My Money”なんて曲をやっていたらしい。
こういった未発表曲の類は90年代になってから判明したものが多い。ブライアン・スィートという人が著した「スティーリー・ダン『リーリング・イン・ジ・イヤーズ』」というバイオ本でその辺のことが書かれていたからだ。その本の中で、俺もその名を見ることとなったのが”The Second Arrangement”というタイトルの曲だった。
この曲は『ガウチョ』を製作していた1979年の曲で、このアルバムのために最初に出来上がろうとしていたものらしい。では、なぜ収録されなかったのか?それは「消されてしまったから」だ。
完成間近というある日、ドナルド・フェイゲンはプロデューサーのゲイリー・カッツに、スタジオに入ったらすぐに聴けるようにアシスタントに用意させるように指示した。その若いアシスタントエンジニアが誤って録音ボタンを押してしまい、せっかく録音した曲の大半を消してしまったのだ。
スティーリー・ダンはスタジオミュージシャンを大量に使って自分たちの描く音を具現化していくという、当時ではまだあまりないやり方で曲を作り上げていった。
だから消された曲を再度試みるも、最初のバージョンが持っていた雰囲気を再現できないと判断してオクラ入りさせてしまった。そんないわくつきの曲が “The Second Arrangement”。最初は文字だけの情報で、どんな曲かはまったく想像できず、ネットが普及し始めた1998年ごろになって初めて聴くことができた。ピアノとベースだけのデモのものと、バンド編成で録音したもの。もちろんバンド編成のものは録音しなおしたけどボツになったやつ。
正直、俺はそれほどの名曲になり得たとは思えないのだけど、でもこれがもし『ガウチョ』に入っていたらアルバムの雰囲気も変わっていたことだろう。『ガウチョ』のセッションでは他にも何曲かの未発表曲があったが、2002年ごろにものすごく良い音質のブートとして出回り始めたのが上の写真にある”The Gaucho Outtakes”。俺は実際に2006年ぐらいに手に入れたんだけど、もうちょいがんばればほぼ正規盤並みじゃねえのってぐらいの代物。だけどここに入っている”The Second Arrangement”はピアノデモの方。がんばってネットを探せば手に入るかもね。
心地よい音のアルバムだけど、実はいろいろと難産だったんだよね。ウォルター・ベッカーはドラッグでガールフレンドを失って、事故ったりとかしてたし、曲は消されちゃうし、最終的にはベッカーとフェイゲンはコンビ解消という、大きな代償を払うこととなったのさ。でもその20年後に、スティーリー・ダンとしてまたアルバムをだしたけど、それだけの年月が必要だったんだね。