2003年9月12日にトーキョーで行われたジョアン・ジルベルトのライヴがCDになった。 奇しくも私はその場に居合わせたプラテイア(オーディエンス)の1人だった。 当初発売予定の無かったこのCDの発売経緯をライナーノーツを読んで知ると感動で涙が溢れた。
ジョアンは私達、日本人ファンを受け入れてくれた。 それどころか「こういうオーディンエスを何十年も探し求めていた」と言う程、 彼にとって私達は特別な存在になっていた。
あの夜の出来事は本当に特別だった。もう2度とこんな機会(ボサノヴァの神様がはるばる地球の裏側からやって来て、 日本でライヴを行うということ)は無い!
歴史の証人になるような気持ちでライヴ会場へ足を運び、 ガンコな神様を絶対に怒らせてはいけない、どんな事があっても機嫌を損なわせてはいけない(ジョアンは気分次第で平気でライヴをキャンセルしたり、気が向くまでオーディエンスを待たせるなんてことがよくある人)という気持ちで、 これから与えられるであろう感動を楽しみにしながら彼の到着を待った。 この日ライヴ会場へ来ていた人の大半はこういう気持ちだったのだと思う。
日本でいうところの遅刻魔である彼がライヴを始めるまでに何度か照明が暗転し、 いよいよジョアンが登場するのか!?というような場面が何度かあった。 その都度我々は息を飲み、咳払い1つも許されないというようなもの凄い緊張感に包まれた。そんな事が3回位繰り返された時、会場から笑いが湧き起こった。緊張しすぎたのだ。
物音1 つさせないで今か今かと息をも殺して待っているのに、ジョアンは出てこないというこの現状に、この自分の状態に対して思わず笑ってしまったのだと思う。そんな風に少し笑って程よく緊張がほぐれたオーディエンスに迎えられてジョアンが登場した。それがCD最初の拍手部分だ。
ギター1本とジョアンの歌声だけ。本当にたったこれだけの音なのに私達の耳を充分に満足させる奥深い旋律。私はあの日、全身全霊をジョアンに向けて、耳で聴くのではなく、ジョアンから生まれ出る音を、空気の振動を体で受け止めて、細胞の1つひとつで聴き取るような気持ちで聴いていた。
本当にそんなことが可能であるようなデリケートな空気が会場内にあった。ジョアンが爪弾くギターの音色1つ、ジョアンの消えそうに小さい一声、1つ残らず聞き逃すまいと、拍手で音が消されないようにと、曲がスタートしてからは拍手をしなかった。絶妙な時間感覚でスッと消える拍手の音。あの日あの会場にいた皆の気持ちが形となってこのCDの中にある。ジョアンは本当に素晴らしい演奏をしてくれた。
1回目と2回目で変えてくるギターコード、リズム、巧妙なアレンジ、どれを取っても最高の出来だったと思う。残念ながら収録されなかった後半の6曲は言葉では言い表せない程、素晴らしいものだった。
私はあの時本物の天才が今目の前にいることを実感した。それは本当に神々しいまでの演奏で全身鳥ハダがたったことを覚えている。このCDはブラジルの1人の天才と、日本のオーディエンスとのファーストコンタクトの模様を収録したドキュメントCDなのかもしれない。このファーストコンタクトという緊張感をぜひ体験して欲しいと思います。
さて、私達が尊敬して止まない『ボサノヴァの神様』は「また日本に来たい」と言ってくれているそうです。私達日本を愛してくれるブラジルの1人の男と、またあの美しい時間を共有できる喜びを楽しみにしながら、あなたの来日を心待ちにしています。
※このレビューの後、ジョアンは2004年、2006年と来日公演を行っています。