Getz/Gilberto (Stan Getz, Joao Gilberto)
ブラジルの音楽であるボサノヴァを世界に広めた大ヒット曲「イパネマの娘」が収録されているこのアルバムは、ジャズやボサノヴァを少しでもかじった人なら当然と言っていいぐらい知っていることだろう。
俺が持っているCDの帯にも「ボサノヴァといえば、まずこのアルバム」なんて書いてある。ボサノヴァの創始者であるアントニオ・カルロス・ジョビンとジョアン・ジルベルト、アメリカのジャズ・サックス・プレイヤーであるスタン・ゲッツと、今となっては豪華な顔ぶれが揃ったアルバムではある。だけどこれがボサノヴァの入門盤と素直に言ってしまってもいいのだろうか?
アルバムは、ジョアン・ジルベルトがギターとヴォーカル、スタン・ゲッツがサックス、アントニオ・カルロス・ジョビンがピアノ、他にベーシストとドラムが参加していた。元々ボサノヴァの基本的な演奏方法を考えたのはジョアンで、独特のリズムを持ったギターと呟くようなヴォーカルだけで十分その世界を表現できるものだった。
しかしこのアルバムでは必要以上にゲッツのサックス・ソロが鳴り響いている。ジョアンがワン・コーラスを歌い終わると、今度はゲッツのサックス・ソロが同じくワン・コーラス。ほとんどの曲がそのような展開で進んでいく。
確かに2人の共作アルバムではあったが、ボサノヴァの創始者ジョアンにとっては彼の「美意識」とはかけ離れたゲッツのプレイには我慢できなかったようだ。
ゲッツを「ボッサを理解してないバカ野郎」として、英語が話せるジョビンに文句を通訳させていたようだ(ジョアンはポルトガル語しか話せない)。そしてさらに「イパネマの娘」が大ヒットしたのは、ジョアンのヴォーカルによるものではなかった。
この曲は最初のワン・コーラスをジョアンが歌い、その後を当時の彼の奥さんであったアストラッド・ジルベルトが「英語」で歌っていた。これをプロデューサーがアストラッドのヴォーカルの部分だけを編集してシングルとして発売したのだった。なぜなら、アメリカで売り出すにはジョアンが歌うポルトガル語バージョンよりも、英語で歌っているアストラッドのヴォーカルの方が受け入れられるからだ。
レコーディングに一緒に来ていたアストラッドが「私も歌ってみたい」と言ったのをきっかけに、すでに英語で書かれた歌詞を歌わせてみようと、陰で画策していたのはアントニオ・カルロス・ジョビンその人だった。彼は作曲家としてアメリカ進出をするチャンスとしてこれを実行した。そしてそれは「イパネマの娘」の大ヒットという形で成功した・・・。
ジョアンの考えるボサノヴァというものがほとんど具現化されることなく、主役となるはずだった彼以外の人間ばかりが目立っていた。商業的という点に於いてはこれがボサノヴァの入門盤と言えるかもしれないが、「ボサノヴァ」という音楽がどのようなものかを真に理解しようとするなら別のCDを聴くことからお薦めしたい。
しかし他の曲ではジョアンが全編ヴォーカルをとっているし、ギターはもちろん、やはり存在感が際立っているのでじっくり聴けばこれはこれで面白いアルバムだ。
このアルバムの後、ジョアンとアストラッドは「イパネマの娘」のシングルの件がもとで別れることとなり、それを画策したジョビンとの共作もこれ以降無くなってしまった。アストラッドはたちまち「ボサノヴァの女王」と言われるようになり、ジョビンはアメリカでの活動をさらに広げていった。
ジョアンもアメリカで活動をしていたが、その後メキシコへ行き孤高の存在となっていくのであった。
※2000年前後に当時持っていた個人ページで書いたものをほぼ丸写し。